SSブログ

ドイツの戦争責任と和解への道―メルケル首相の来日に思う [日本の未来戦略]

 ドイツのメルケル首相が39日に7年ぶりに来日しました。「日独、連携立て直し; 対ロシア  思惑一致 ; 対中国 日本に注文」がこれを報ずる新聞の見出しです(日経新聞2015310日付)。これらのうち「対中国 日本に注文」では、同首相が、ドイツはフランスなど近隣諸国との関係修復を少しずつ果たした、戦時中の東欧の強制労働者らへの個人賠償にも取り組んだ、「(ドイツは)過去と向き合ったから和解できた。(各国が)幸運にも受け入れてくれた」と安倍首相との共同会見で述べたと報じています。

 

この点、Japan Timesは「(メルケル首相が)ドイツの経験に照らして、戦争の過去と真正面から向き合う必要性を日本に思い出させた、しかしまた(but also)  近隣諸国においても和解(reconciliation)を達成するための役割が果たされるべきである(must do their part)とも言及した(signaled)」と報じています(Japan Times 2015310日付)。

 

メルケル首相の「(各国が)幸運にも受け入れてくれた」という安倍首相との共同会見での発言、また「和解は隣国の寛容な振る舞いがあったから可能になった」という39日の都内での講演での発言について、「メルケル発言、韓国で波紋」という記事で、韓国外務省報道官が「寛容」発言について「まずは過去に対する真の反省がなされなければならない」と強調したと報じられています(日経新聞311日付)。

 

メルケル首相の発言内容については、すでにのべたようにJapan Timesの記事が「(各国が)...受け入れてくれた」「隣国の寛容な振る舞いがあったから可能となった」という記事より一歩踏み込んだ発言があったことを伝えており、国際社会にはこのJapan Timesの英文記事のように伝えられたと思われます。このJapan Timesの伝える同首相の発言からは、過去の「反省」が「寛容」の前にあるべきであるといったニュアンスは特段には感じられず、和解には双方からの同時的歩み寄りが重要である、そしてドイツはそのようにして近隣諸国と和解に至ったと述べることがメルケル首相の今回発言の「真意」であったと解されるように思えます。

 

ところで、メルケル首相の発言内容を知ると、ドイツにおける戦争責任と和解がどう実現されたのかに興味がわきます。日本の東京裁判に相当するドイツでの戦争責任を訴追した軍事法廷はニュールンベルク裁判として知られますが、ドイツにおける戦犯裁判は、英米ソ仏四国等の連合各国の単独裁判とニュールンベルクに設置された国際軍事裁判所における裁判との、日本に関する裁判(東京裁判)と同様の二本立てでした。国際軍事裁判所における裁判は同裁判所条例6条で規定する戦争犯罪の次の三類型について行われました。(1)「平和に対する罪」 これは、個人及び政府、政党等の団体による諸「侵略戦争の共同謀議」、準備、発起を違法とするものです。(2)「戦争法規違反の罪」 これは、交戦法規および慣習の侵犯を違法とするものです。(3)「人道に対する罪」 これは、一般人民に対する絶滅を目的とする大量殺戮、奴隷化を違法とするものです。この(3)の罪は、ドイツ国粋社会労働党(ナチス)のユダヤ人、非ナチ分子に対する迫害、その追放に関する政策と実行行為を対象とするものです。

 

ドイツ戦犯起訴状で起訴された被告は22名で、全被告について上記三範疇の訴因全部につき競合的に全員に責任ありとして死刑を求刑されました。八か月にわたる裁判の結果は、絞首刑とされた者12名、終身禁固刑3名、禁固刑202名、禁固刑151名、禁固刑101名、無罪3名でした。

 

ドイツが上記三範疇の訴因につき特に連合国から訴追されたのは「人道に対する罪」でした。これはひとえに強制収容所におけるユダヤ人絶滅行為に対するもので、ドイツは戦後イスラエルに対して謝罪と賠償を長年に亘り行いました。これと並行してポーランド人絶滅行為についても、ポーランドとの和解に尽力しました。さらにフランスとは、欧州石炭鉄鋼共同体結成によりドイツの石炭・鉄鋼業をベネルックス3国、フランスなどのそれら産業と統合させる形とEEC(欧州経済共同体)を結成することで和解にこぎつけました。

 

この「人道に対する罪」の訴追が中心となったドイツ(「平和に対する罪」も政府および政党等の団体によるユダヤ人絶滅計画を重要な内容とする「侵略戦争の共同謀議」を対象とするものでした。)と「平和に対する罪」(満州事変以来の軍事行動そのものを「侵略戦争の共同謀議」として訴追の対象とするものでした。)が中心となった日本では「戦犯裁判」といっても重心の違いがあることはつとに指摘されているところです(「戦争法規違反の罪」は共通)。日本にはユダヤ人絶滅行為のようなホロコーストはなかっただけではなく、「命のビザ」で知られる杉原千畝領事によるユダヤ人救出活動があったからです。

 

また日本とドイツの間には、たとえば「メルケル首相発言 単純な比較は慎むべきだ」(産経新聞2015312日社説)が述べるように、相当の手法の違いがありました。日本では、戦後補償問題については、例えば「日韓請求権・経済協力協定」(昭和40年)にみられるように、各国との間で法的に、そしてそれに伴って経済的にも最終解決をはかりました。また慰安婦問題でも「アジア女性基金」による元慰安婦への償い金支払と歴代首相による元慰安婦の境遇への「深い同情の表明」で区切りをつけてきました。

 

★New追記

上で述べましたとおりメルケル首相は、フランス等との歴史的和解についての自らの「経験」と、そこから導き出された双方向の和解のプロセスが成功の鍵であるという「理論的一般論」を語っています。そこからさらに進んで日本の固有の問題にこの一般論を「あてはめる」ことは慎重に避けているようにみえます。

 

ところで、メルケル首相は今回の二日間の日本滞在中に民主党の岡田克也代表との会談にも臨んでおり(310日)、その会談について岡田代表が「(メルケル首相が)日韓関係について和解が重要だと述べた」と紹介したことについて、ドイツ政府が「日本政府がどうすべきかについて発言した事実はない」と日本政府に連絡をしてきたとのことです。そのような説明がドイツ政府からあったことを菅義偉官房長官が313日の記者会見で明らかにしました(産経新聞2015314日付)。一方、岡田代表は313日に記者団に対して「解決したほうがいいという話はあった」と重ねて語り、ドイツ政府と岡田代表の間の発言に食い違いが生じています(同上記事)。

 

日韓の間には現在「(戦時の)慰安婦」について見解が全く異なる問題があり両国間の歴史戦、外交戦となっています。そのような中で、ドイツの出版社クレットが出版した中等教育用の歴史教科書に「日本の占領地域で20万人の婦女子が軍の売春施設で売春を強いられた」とする記述があることが分かったと日本外務省が明らかにしたと報道されています(産経新聞2015314日付)。

 

「(戦時の)慰安婦」については米カリフォルニア州グレンデール市の慰安婦像を巡る訴訟なども起こされており、日米間でも敏感な問題となりつつあります。法治国家のお手本のようなアメリカで、争いのある他国間の基本的人権に係る歴史問題について、当事者の一方の話を聞くだけでCross Examinationも経ていない証拠に基づいて事実の有無の判断をしているような印象(あたかもDue Processが保障されていないかのような印象)が日本で広まりつつあるからです。明治維新で開国し、西欧諸国の司法制度を懸命に導入した日本は、明治時代のロシア皇太子襲撃事件で大審院が司法権の独立を見事に果たし、その後の努力もあって法の支配と司法権の独立は今日日本国民の最大の誇りです。そのような日本からみるとアメリカの法の支配と司法権の独立(法治国家)はどうなっているのだろうと、疑問を抱かすにはいられないからです。

 

まして今度は日本が法制度導入のモデルとしたドイツにおいても、アメリカに対するのと同様な疑問が生じる可能性があります。

 

以上のような全体状況の中で、老練な政治家で宰相の地位にすでに九年間あり、今後も続投する可能性の高いメルケル首相が、具体的に日韓関係について和解が重要だと述べるような明白な内政干渉行為に及ぶでしょうか。歴史の中ではドイツも三国干渉で遼東半島の清国返還を日本に迫るという内政干渉をしたことはありましたが、程度の差はあっても外交における最大の禁じ手の一つを今日のドイツの宰相が犯すとは正直思えません。それでは、普段内政干渉を受けることがいくら常態のようになっている日本にしても、ドイツよお前もかといった感じになってしまいます

 

岡田代表は、メルケル首相の「理論的一般論」の提示を受けて、日本の状況への「当てはめ」にまで話が及んでいると、明確な両概念の区別の自覚の必ずしもないままに、ご自身の主張に引き付けて理解されたのではなかったのでしょうか。

 

 



共通テーマ:ニュース

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。