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謎解き「AIIB(アジアインフラ銀行)」は中国の罠 [日本の未来、経済、社会、法律]

田村秀男「インフラ銀行参加論を斬る」(産経新聞2015329日付日曜経済講座)は、6月にも日本の参加の是非に結論の出されるAIIB(アジアインフラ銀行)について、以下のような情報を提供しています。

 

    1ガバナンス 

    総裁   中国元政府高官

    理事会 「トップダウンによる即断即決方式」  

    本部   中国北京

    主要言語 中国語

    2出資比率 中国  資本金の50%、最低40% 

  しかし、中国は現在「外貨準備高急減」で、国際金融 市場から借り入れ増加中であり、そのような現状では多額の出資金を負担しえない。

    AIIBの真の目的と姿

   (1)AIIBも、中国の国制上、他の政府組織、中央銀行、軍と同様、共産党中央の指令 下に置かれる。

   (2)AIIBの真の目的は、「中国主導経済圏」拡大、「人民元流通領域」拡大による「人民元経済圏」構築。そのための「手法」は、資金調達は国際金融市場でおこない、中国の過剰生産能力、余剰労働力を動員して、アジア地域における鉄道、港湾、道路などで有効需要を創出することである。

   (3)最終的に、AIIBは「共産党支配体制維持・強化」のための「先兵」である。

 

 このようなAIIBについての分析・評価に対しては、英仏独など欧州主要国も参加する、共産党支配機関になるはずがない、「バスに乗り遅れるな」といった内容の意見が一部の政治家や日経新聞等で強く、かつ不思議なことに示し合わせでもしたかのように一様に主張されています。AIIBの否定でなく、むしろ積極的に関与し、内部から建設的な注文を出していく道があるはずだというのです(田村・同記事他)。

 

  読売新聞世論調査(同新聞2015年5月11日付) によりますと、AIIBへの日本の参加見送りを適切とする人が73%,そうは思わない人が12%でした。安倍内閣不支持の人でも不参加が適切とする人が63%とのことですから、同銀行の問題点は国民の間で広く認識されていると言えることになりましょう。今日「企業統治」における民主性・透明性の確保は企業経営における必須の基本条件ですから、その部分で疑問のある組織体が是認されないことは当然といえば当然のことかと思われます。 

 

 そこでAIIBについて考えてみますと、その最大の問題点は「ガバナンス不在」で、それが中国の法制度そのものに起因している点でしょう。同国法制においては立法、行政、司法の上に党があり、三権は構造的に「分立」しえない仕組みです。それゆえ司法権の独立もあり得ません。従って、この銀行の現実の経営の姿は、必要に応じて総裁に対して党が指令する形となります。このことは、中国が、IMF等で普遍的な「主要出資国代表」による構成(理事会決定方式)を「西側諸国のルールが最適とは限らない」(田村・同上)と一蹴していることからも明らかでしょう。

 

AIIBのもう一つの問題点は、最大出資国の中国からにして出資金を調達しえず、融資は高利の借入に依存にする仕組みである点でしょう。この場合の融資規模は、アジアの社会資本(インフラ)市場が8兆ドル(約952兆円)規模と言われていますから、その需要に応えるために極めて巨額となります。この点、具体的数字としてはアジア開発銀行(ADB)研究所の試算があります。それによると今後10年間(2015-2025年)でアジア諸国の必要とするインフラ投資の内訳は電力などのエネルギー分野で4兆900億ドル、通信設備で1兆600億ドル、道路・港湾・鉄道・空港の交通運輸分野で2兆4千700億ドル、水・衛生分野で3800億ドルです(読売新聞2015年5月5日付)。アジア諸国がこれら分野の整備をその成長のために渇望している状況には切迫感があります。都市部の鉄道網の整備の遅れで交通渋滞と大気汚染が激しさを増している国々があることを思うだけでも、その緊急性は理解できる気がいたします。

 

AIIBは創設メンバーが57か国となりました。67か国・地域が加盟するADB(アジア開発銀行)に迫る数です。創設メンバーから「台湾」を外すなど恣意的で、かつ利害を異にする国・地域が多数参加する呉越同舟の不安定な船ですが、最大の売りは欧州勢の参加でしょう。欧州勢の参加は鉄道、港湾などでアジア市場参入を狙ってのものでしょうが、もう少し深い「戦略的意味」があるとの分析もあります。それは西尾幹二「中国の金融野心と参加国の策略」(産経新聞2,015416日付)です。 同氏は、ロシアのウクライナ併合でロシアの脅威に直面し、辛うじて対露制裁発動で対抗しようとしているEUが、AIIBに参加のロシアと中国との「分断」を狙って英独仏等のEU加盟国のAIIB参加を決めたと分析しています。確かに「ウクライナ東部の都市で戦闘再燃のおそれ」「露の長距離爆撃機が英国領近くを飛行」し英空軍緊急発進等と伝えられる状況下で(産経新聞2015416日付)、対露牽制を伝統的に戦略の基幹とする英国(例えば、1902[明治35]130日の日英同盟も南下するロシアをくい止めるためのものでした。)が率先して中国主導のAIIBへの加盟を決めたことには、そのような国家戦略があったといいうるような気がします。現在の英米がチャーチル胸像事件などを巡っての軋轢から決して一枚岩ではないことが背景にあるとも伝えられます。

 

ドイツの参加についても、米独間には盗聴問題をめぐって冷たい風が吹いていることが背景にあるとも伝えられます。ドイツの参加には、ドイツが融資の決定方式について「理事会決定方式」でなくとも良いといった立場をとる可能性がそもそもあるのかといった問題もあるでしょう。そのような連邦政府の立場は議会から是認される可能性はあり得ないように思えます。 今は、アジアのインフラ市場に参入できるかも知れないメリットと参加した後でガバナンス改革は出来るという甘い見込みが「様子見として」是認されているだけの状況なのではないでしょうか。いざ実際に理事会無視のトップダウン方式での融資先決定などが行われるようになりましたら 、アジア開発銀行、世界銀行等の他の国際金融機関にない意思決定方式は西側民主主義国家では決して是認されようはずもなく、批判の嵐に曝されるに違いありません。そのようななかでドイツが、悪評に耐えつつ、AIIBにとどまり続けることが出来るとは信じられません。

 

 AIIBの運営についても、同銀行では融資の審査基準は甘く、結果融資回収の「焦げ付き」を大量に出し、さらに「粗悪工事」「メンテナンス不備」で、10年を待たずに資金ショートや内部分裂を招くおそれが大でしょう。融資の審査における人権侵害や環境配慮に関する条件の位置づけなど「開発・援助に対する姿勢が日中ではまるで違っている」との指摘もあります(吉崎達彦「世評と異なるインフラ銀の不安」日経新聞2015422日付)。融資についてはさらに「利益相反と政治的利用」を懸念する指摘もあります。すなわち、利益相反については、中国がAIIBの資金を自国の公共事業に動員するのではないかという懸念、政治的利用については、中国の友好国に融資条件を緩くして融資するのではないかという懸念です。「投資ルール」が確立してなければ、これらの懸念は払拭できないというのです(伊藤隆敏「アジア投資銀行の行方(上)拙速な参加 見送りは妥当」(日経新聞経済教室2015年4月30日付)。もっともな指摘でしょう。英仏独、豪加はこれらの懸念が現実のものとなった段階で、「ガバナンス の改革」にも匙を投げて、逃げ出すに違いなく、台湾、韓国、ロシアは右往左往といったところでしょうか。

 

   したがって、日本は、米国とともにAIIBに関わるべきでないでしょう。米国は、中国に強硬姿勢をとる共和党が多数の議会で参加の承認がとれる可能性は少なく、AIIBの定款が決まり、実際の案件で融資がどう実行されるかを注視していくスタンスだと言われています[読売新聞201547日付]。日本の参加も自身が「ネギを背負った鴨」になるだけですから、「二兎を追うものは一兔も得ず」の諺の通りADBAIIBもと色気を出す場面ではないでしょう。ちなみに、日本の参加にはAIIBの資本金の十数パーセントに当たる数千億円規模の支出を求められ、かつ出資しても発言権はないという事態になると言われています[読売新聞201547日付]。そもそも、日本のような市場経済体制の民主主義国家では「理事会決定方式(多数決制)」以外の国際金融機関における意思決定方式を是認する事は考えられません。お金は出しなさい、口を出してはいけませんでは民主主義の基本原則に反しているからです。

 

   そこで日本としては、AIIBの挑戦を正面から受け止め、アジア開銀の構造変革をおこなうことが必要でしょう。具体的には、出資金を増やし、インフラ整備事業に融資対象を拡大し、ガバナンスを向上させて、AIIBと競争をする道を選ぶべきでしょう。

 

   インフラ整備事業における競争的資金の豊富さ、それこそがアジア諸国のインフラ整備にとって最大の利益であることは言うを待ちません。アジア開銀は、必ずこの競争に圧倒的な優位性を保持することができるでしょう。なぜなら同銀行は、豊富で安定的な資金の供給に加えて、アジア地域における危機管理を含む国際金融ノウハウを豊富に有していますし、さらに、そもそもその基本理念においてアジア地域における自由で公正な金融秩序の実現を目指しており、その方法は十分な透明性のあるものだからです。AIIBには、残念ながらこのような基本理念はなく、国際金融ノウハウもあるようには見受けられません。 

 

 上記のインフラ整備事業における競争的資金の提供に係るADBの動きが活発になってきました。すなわち、 資金量については2017年までに2015年比1・5倍に増額する、さらに民間メガバンクとの共同事業体制を構築する(官民パートナーシップ(PPP))、また融資に要する審査期間についても関係職員数の増員などによりできるだけ短縮する、といった改革案がバクー(アゼルバイジャン)でのADB年次総会で麻生副総理・財務省により表明されました(読売新聞2015年5月5日付)。

 

  最後に繰り返しになりますが、AIIBが日本に欲しいのは「資金と国際金融ノウハウ」のみであり、「経営関与」は最も忌避するところでしょう。日本は参加の是非を決するに当たっては、三顧の礼をもって迎えられた松下幸之助の工場が焼き討ちされたことをゆめゆめ片時たりとも忘れるべきではありません。そのことに対して賠償はおろか、一言の謝罪すら聞いたこともない「非情の国」なのですから。

  



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