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謎解き「AIIB(アジアインフラ銀行)」は中国の罠 [日本の未来、経済、社会、法律]

田村秀男「インフラ銀行参加論を斬る」(産経新聞2015329日付日曜経済講座)は、6月にも日本の参加の是非に結論の出されるAIIB(アジアインフラ銀行)について、以下のような情報を提供しています。

 

    1ガバナンス 

    総裁   中国元政府高官

    理事会 「トップダウンによる即断即決方式」  

    本部   中国北京

    主要言語 中国語

    2出資比率 中国  資本金の50%、最低40% 

  しかし、中国は現在「外貨準備高急減」で、国際金融 市場から借り入れ増加中であり、そのような現状では多額の出資金を負担しえない。

    AIIBの真の目的と姿

   (1)AIIBも、中国の国制上、他の政府組織、中央銀行、軍と同様、共産党中央の指令 下に置かれる。

   (2)AIIBの真の目的は、「中国主導経済圏」拡大、「人民元流通領域」拡大による「人民元経済圏」構築。そのための「手法」は、資金調達は国際金融市場でおこない、中国の過剰生産能力、余剰労働力を動員して、アジア地域における鉄道、港湾、道路などで有効需要を創出することである。

   (3)最終的に、AIIBは「共産党支配体制維持・強化」のための「先兵」である。

 

 このようなAIIBについての分析・評価に対しては、英仏独など欧州主要国も参加する、共産党支配機関になるはずがない、「バスに乗り遅れるな」といった内容の意見が一部の政治家や日経新聞等で強く、かつ不思議なことに示し合わせでもしたかのように一様に主張されています。AIIBの否定でなく、むしろ積極的に関与し、内部から建設的な注文を出していく道があるはずだというのです(田村・同記事他)。

 

  読売新聞世論調査(同新聞2015年5月11日付) によりますと、AIIBへの日本の参加見送りを適切とする人が73%,そうは思わない人が12%でした。安倍内閣不支持の人でも不参加が適切とする人が63%とのことですから、同銀行の問題点は国民の間で広く認識されていると言えることになりましょう。今日「企業統治」における民主性・透明性の確保は企業経営における必須の基本条件ですから、その部分で疑問のある組織体が是認されないことは当然といえば当然のことかと思われます。 

 

 そこでAIIBについて考えてみますと、その最大の問題点は「ガバナンス不在」で、それが中国の法制度そのものに起因している点でしょう。同国法制においては立法、行政、司法の上に党があり、三権は構造的に「分立」しえない仕組みです。それゆえ司法権の独立もあり得ません。従って、この銀行の現実の経営の姿は、必要に応じて総裁に対して党が指令する形となります。このことは、中国が、IMF等で普遍的な「主要出資国代表」による構成(理事会決定方式)を「西側諸国のルールが最適とは限らない」(田村・同上)と一蹴していることからも明らかでしょう。

 

AIIBのもう一つの問題点は、最大出資国の中国からにして出資金を調達しえず、融資は高利の借入に依存にする仕組みである点でしょう。この場合の融資規模は、アジアの社会資本(インフラ)市場が8兆ドル(約952兆円)規模と言われていますから、その需要に応えるために極めて巨額となります。この点、具体的数字としてはアジア開発銀行(ADB)研究所の試算があります。それによると今後10年間(2015-2025年)でアジア諸国の必要とするインフラ投資の内訳は電力などのエネルギー分野で4兆900億ドル、通信設備で1兆600億ドル、道路・港湾・鉄道・空港の交通運輸分野で2兆4千700億ドル、水・衛生分野で3800億ドルです(読売新聞2015年5月5日付)。アジア諸国がこれら分野の整備をその成長のために渇望している状況には切迫感があります。都市部の鉄道網の整備の遅れで交通渋滞と大気汚染が激しさを増している国々があることを思うだけでも、その緊急性は理解できる気がいたします。

 

AIIBは創設メンバーが57か国となりました。67か国・地域が加盟するADB(アジア開発銀行)に迫る数です。創設メンバーから「台湾」を外すなど恣意的で、かつ利害を異にする国・地域が多数参加する呉越同舟の不安定な船ですが、最大の売りは欧州勢の参加でしょう。欧州勢の参加は鉄道、港湾などでアジア市場参入を狙ってのものでしょうが、もう少し深い「戦略的意味」があるとの分析もあります。それは西尾幹二「中国の金融野心と参加国の策略」(産経新聞2,015416日付)です。 同氏は、ロシアのウクライナ併合でロシアの脅威に直面し、辛うじて対露制裁発動で対抗しようとしているEUが、AIIBに参加のロシアと中国との「分断」を狙って英独仏等のEU加盟国のAIIB参加を決めたと分析しています。確かに「ウクライナ東部の都市で戦闘再燃のおそれ」「露の長距離爆撃機が英国領近くを飛行」し英空軍緊急発進等と伝えられる状況下で(産経新聞2015416日付)、対露牽制を伝統的に戦略の基幹とする英国(例えば、1902[明治35]130日の日英同盟も南下するロシアをくい止めるためのものでした。)が率先して中国主導のAIIBへの加盟を決めたことには、そのような国家戦略があったといいうるような気がします。現在の英米がチャーチル胸像事件などを巡っての軋轢から決して一枚岩ではないことが背景にあるとも伝えられます。

 

ドイツの参加についても、米独間には盗聴問題をめぐって冷たい風が吹いていることが背景にあるとも伝えられます。ドイツの参加には、ドイツが融資の決定方式について「理事会決定方式」でなくとも良いといった立場をとる可能性がそもそもあるのかといった問題もあるでしょう。そのような連邦政府の立場は議会から是認される可能性はあり得ないように思えます。 今は、アジアのインフラ市場に参入できるかも知れないメリットと参加した後でガバナンス改革は出来るという甘い見込みが「様子見として」是認されているだけの状況なのではないでしょうか。いざ実際に理事会無視のトップダウン方式での融資先決定などが行われるようになりましたら 、アジア開発銀行、世界銀行等の他の国際金融機関にない意思決定方式は西側民主主義国家では決して是認されようはずもなく、批判の嵐に曝されるに違いありません。そのようななかでドイツが、悪評に耐えつつ、AIIBにとどまり続けることが出来るとは信じられません。

 

 AIIBの運営についても、同銀行では融資の審査基準は甘く、結果融資回収の「焦げ付き」を大量に出し、さらに「粗悪工事」「メンテナンス不備」で、10年を待たずに資金ショートや内部分裂を招くおそれが大でしょう。融資の審査における人権侵害や環境配慮に関する条件の位置づけなど「開発・援助に対する姿勢が日中ではまるで違っている」との指摘もあります(吉崎達彦「世評と異なるインフラ銀の不安」日経新聞2015422日付)。融資についてはさらに「利益相反と政治的利用」を懸念する指摘もあります。すなわち、利益相反については、中国がAIIBの資金を自国の公共事業に動員するのではないかという懸念、政治的利用については、中国の友好国に融資条件を緩くして融資するのではないかという懸念です。「投資ルール」が確立してなければ、これらの懸念は払拭できないというのです(伊藤隆敏「アジア投資銀行の行方(上)拙速な参加 見送りは妥当」(日経新聞経済教室2015年4月30日付)。もっともな指摘でしょう。英仏独、豪加はこれらの懸念が現実のものとなった段階で、「ガバナンス の改革」にも匙を投げて、逃げ出すに違いなく、台湾、韓国、ロシアは右往左往といったところでしょうか。

 

   したがって、日本は、米国とともにAIIBに関わるべきでないでしょう。米国は、中国に強硬姿勢をとる共和党が多数の議会で参加の承認がとれる可能性は少なく、AIIBの定款が決まり、実際の案件で融資がどう実行されるかを注視していくスタンスだと言われています[読売新聞201547日付]。日本の参加も自身が「ネギを背負った鴨」になるだけですから、「二兎を追うものは一兔も得ず」の諺の通りADBAIIBもと色気を出す場面ではないでしょう。ちなみに、日本の参加にはAIIBの資本金の十数パーセントに当たる数千億円規模の支出を求められ、かつ出資しても発言権はないという事態になると言われています[読売新聞201547日付]。そもそも、日本のような市場経済体制の民主主義国家では「理事会決定方式(多数決制)」以外の国際金融機関における意思決定方式を是認する事は考えられません。お金は出しなさい、口を出してはいけませんでは民主主義の基本原則に反しているからです。

 

   そこで日本としては、AIIBの挑戦を正面から受け止め、アジア開銀の構造変革をおこなうことが必要でしょう。具体的には、出資金を増やし、インフラ整備事業に融資対象を拡大し、ガバナンスを向上させて、AIIBと競争をする道を選ぶべきでしょう。

 

   インフラ整備事業における競争的資金の豊富さ、それこそがアジア諸国のインフラ整備にとって最大の利益であることは言うを待ちません。アジア開銀は、必ずこの競争に圧倒的な優位性を保持することができるでしょう。なぜなら同銀行は、豊富で安定的な資金の供給に加えて、アジア地域における危機管理を含む国際金融ノウハウを豊富に有していますし、さらに、そもそもその基本理念においてアジア地域における自由で公正な金融秩序の実現を目指しており、その方法は十分な透明性のあるものだからです。AIIBには、残念ながらこのような基本理念はなく、国際金融ノウハウもあるようには見受けられません。 

 

 上記のインフラ整備事業における競争的資金の提供に係るADBの動きが活発になってきました。すなわち、 資金量については2017年までに2015年比1・5倍に増額する、さらに民間メガバンクとの共同事業体制を構築する(官民パートナーシップ(PPP))、また融資に要する審査期間についても関係職員数の増員などによりできるだけ短縮する、といった改革案がバクー(アゼルバイジャン)でのADB年次総会で麻生副総理・財務省により表明されました(読売新聞2015年5月5日付)。

 

  最後に繰り返しになりますが、AIIBが日本に欲しいのは「資金と国際金融ノウハウ」のみであり、「経営関与」は最も忌避するところでしょう。日本は参加の是非を決するに当たっては、三顧の礼をもって迎えられた松下幸之助の工場が焼き討ちされたことをゆめゆめ片時たりとも忘れるべきではありません。そのことに対して賠償はおろか、一言の謝罪すら聞いたこともない「非情の国」なのですから。

  



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「従軍慰安婦強制連行」は法的に可能か―秦郁彦氏ら米教科書出版社に訂正求める声明に思う [日本の未来、経済、社会、法律]

ドイツの教科書が「日本占領地域で20万人が売春強いられた」と記述している(産経新聞2015313日付)、アメリカの教科書が「日本軍は強制的に募集、徴用した」「人数は20万人」「年齢は14歳から20歳まで」「慰安婦は天皇からの贈り物」「大半は朝鮮及び中国の出身」「毎日2030人の男性の相手」「兵隊らと同じリスクに直面」「多数の慰安婦が殺害された」等と記述している(産経新聞318日付)といった報道が行われています。アメリカの教科書について秦郁彦氏らが同教科書出版社に事実関係の訂正を求める声明を出しました(産経新聞318日付)。そこで、日本占領地域で20万人が売春を強いられたといったことが、日本軍の「慰安婦」制度のもとで可能であったか否かについて当時の法律との関係で少し検討してみることにしましょう。

 

(1)慰安婦制度と関連する法令

 

「慰安婦」制度には二つの目的がありました。第一は「兵士の戦場での強姦を防止する」目的であり、第二は、兵士が性病を患えば戦力の低下となるので、そのような事態を防ぐ目的でした。慰安婦のいる慰安所は戦場における各師団毎に設置され、師団の移動に伴い、慰安所も師団所有のトラック等を用いて移動しました。また慰安婦には、軍医による定期程な健康診断・治療が行われていました。

 

慰安所が戦場や占領地における各師団毎に設置される一方で、戦場や占領地での軍人による強姦は厳しく禁止されていました。陸軍刑法(明治41年法律46号)は、陸軍軍人が占領地において「刑法又は他の法令の罪を犯したるときは之を帝国内に於いて犯したるものと看做す」と規定していました(同法4条)。これにより第一に、刑法の禁ずる「強姦の罪」は占領地における陸軍軍人に適用されました。刑法177条は、暴行または脅迫を以て13歳以上の婦女を姦淫したものは「強姦の罪」として2年以上の有期懲役を科すと規定していました。第二に陸軍刑法86条は、戦地または占領地において住民の財物の略奪を禁止し、略奪の罪を犯すにあたり「婦女を強姦したるときは無期又は七年以上の懲役に処す」と規定していました。

 

このように戦地または占領地における陸軍軍人による強姦は禁圧され、その他にも、人(未成年者を含む)の営利、猥褻(わいせつ)、国外移送等の目的による「略取及び誘拐」(刑法224、225、226条)、「監禁」(刑法220条)が厳しく禁圧されていました。

 

これら法令を自ら遵守し、また兵士 に遵守させることは将校に厳しく求められており、陸軍士官学校においてもそのための教育が行われていました。将校は、戦地または占領地において縦10センチ横7センチ厚さ5ミリの小冊子による「陸軍刑法、陸軍懲罰令」を作戦要務令等と並んで携行していましたし、法令違反が発見された場合には憲兵が捜査に当たり、処罰のために軍法会議が開かれました。

 

陸軍軍人による強姦、誘拐、監禁に係る法令違反がどの程度あったのか、その全体像はあまり明らかにされていないように思われます。何件かの法令違反事件は報告されています。日本陸軍における法令順守の実態については、文芸作品、たとえば五味川純平「人間の条件」、野間宏「真空地帯」、澤地久枝「雪は汚れていた」等からある程度推し量れます。

 

なお、「従軍慰安婦強制連行」問題では朝鮮半島での慰安婦問題が焦点となっていますから、その点について触れておくことにしましょう。明治43年(1910年)822日を以て大韓帝国は日本に併合され、その国民は日本国籍を持つこととなり、同地域の呼称は韓国から朝鮮へと変更になりました。そこで両地域間の法令調整のために「朝鮮に施行すべき法令に関する法律」(明治44年法律30号)が制定されました。同法において、朝鮮において法律を要する事項は朝鮮総督の命令で定めることができるとされ(これを「制令」といいます。)(1条)、既存の法律の全部または一部を朝鮮に施行するには「勅令」をもってするとされました(4条)。この結果、刑法については明治454月の制令11号「朝鮮刑事令」において内地の刑法、刑事訴訟法等刑事関係重要法令が朝鮮にも施行されることとされました。但し、殺人罪、強盗罪については旧韓国の「刑法大全」が引き続き適用されることとされました。大正6年にこれら両罪についても刑法が適用されることとされました。従って、朝鮮半島内における強姦、誘拐、監禁は刑法により禁圧されるもので、陸軍軍人によるものであってもなんら変わるものではありませんでした。

 

 (2)慰安婦の募集と契約関係

 

慰安婦は軍の意向に沿って募集されました。慰安婦の募集は、すでに遊郭で働いている婦女に対して行われ、また一般に新聞広告で行われました。

 

当時日本内地では、多くの女性が吉原をはじめとする遊郭で働いていました。これらの女性の最大供給源は北東北日本でした。地主・小作制度のもとで、冷害があると東北の貧しい小作人の家では娘が身売りをさせられました。娘たちは年季奉公を済ませると家に帰りました。多くの女性たちは、その給金をこつこつと貯めて親の借金を返し、自由の身となりましたが、なかには返済のため、さらに「慰安婦」の募集に応じて戦地に行く例も少なくありませんでした。

 

このような遊郭での仕事に係る契約は以下のような構造を持っていました。すなわち、まず「芸妓稼業契約」が結ばれました。「芸妓稼業」とは、「歌舞音曲で興を助けること」です。この契約には通常「前借金契約」が伴っていました。「前借金契約」とは、芸妓稼業をさせ、その収入で借金の返済をさせる「金銭貸付(消費貸借)契約」です。さらにまた、「芸妓稼業契約」は通常貞操提供行為をさせる「娼妓契約」を伴い、多くの場合「前借金」の返済のための「身代(花代)分配契約」を伴っていました。これは、貞操提供行為の対価を分配する契約です。

 

裁判所(大審院)は、芸妓稼業契約が前借金契約を伴っている点について、債務履行(前借金の返済)を強制することで間接に個人の自由を束縛する点をとらえて、そのような場合の芸妓稼業契約は公序良俗に反するものとして無効としました(民法90[公序良俗に反する法律行為」により無効)。また、「娼妓身代(花代)分配契約」は貞操提供行為それ自体を公序良俗違反の契約として無効としました(民法90条により無効)。

 

  なお、内務省の統計によれば、日本内地の遊郭における娼妓の数は昭和10年頃には52000人程度で安定していました。昭和12年には49000人となり、昭和14年には39000人と減っています。逆に遊客の数は、二千万人台から三千万人台に増えています。昭和13年における東京の芸妓の数は13648、酌婦の数は6628、娼妓の数は7124、遊客の数は6175213名でした。遊客数は大阪が900万人台で全国一位でした。参考までに記せば、芸妓については、昭和14年における全国のその数は79908名です。この数はその前の各年度においても安定的なものでした。

 

 

(3)戦地・占領地における慰安婦

 

「慰安婦」に係る契約は、裁判所で争えば、通常「前借金契約」を伴う、戦地での貞操提供行為を内容とする「娼妓契約」であることから、それ自体が公序良俗違反の契約で無効であると考えられます。但し、戦場での兵士の強姦防止という目的との関係で当然に公序良俗違反の無効な契約とは言えないという抗弁は可能であったと考えられます。裁判所で争われない限りで「慰安婦」に係る契約は社会的に許容されうるものでしたから、新聞等での慰安婦募集も行われました。新聞広告の例には、「慰安婦大募集、年齢 17歳以上30歳まで、務め先 後方○○隊慰安所、月収 300円以上(前借3000円可)、募集人員 数十名」が知られています。日本において、このような「人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだす人身売買契約」が禁止されるのは昭和31年(1956年)の売春防止法の成立を待たなければなりませんでした。

 

  「慰安所」における慰安婦たちの生活については、近時様々な書籍、月刊誌の特集等があり、次第に実態が明らかになりつつありますが、写真とデータの豊富な水間政憲「ひと目でわかる慰安婦問題の真実」(PHP2014年)を挙げておきましょう。

 

   なお最後に、「従軍慰安婦強制連行」問題では朝鮮半島での慰安婦問題が焦点となっていますから、各地の慰安所を利用しえた昭和19年度徴兵制施行後の朝鮮半島出身の朝鮮人軍人の数(昭和20年終戦時)を挙げておきましょう。陸軍中将2名、少将1名、大佐2名ほか佐官25名、尉官200名を含む陸軍軍人186980名、海軍軍人22299名、陸海軍軍属154907名です。

 

(4)慰安婦は「性奴隷(Sex Slave)」か

 

 アメリカなどでは慰安婦は「性奴隷(Sex Slave)」であったという言説がみられます。すでに述べましたように、「慰安婦」となる婦女を「強制連行」して「奴隷」としたということになりますと、婦女を「誘拐し」、移送して慰安所に「監禁」して、暴行または脅迫を以て13歳以上の婦女を姦淫する(強姦)こととなります。それゆえ誘拐、監禁の行為に及んだ陸軍軍人は誘拐の罪と監禁の罪に問われますし、慰安所を利用した陸軍軍人は強姦の罪に問われることになります。将校であれ、下士官であれこれらの行為に及んでいるとすれば訴追されて、軍法会議で有罪となり、懲役刑等が科されることになります。多くの将校、下士官がそのような刑に服するとなれば、戦争を続行することに多大の障害が生ずることになりましょう。

 

    慰安婦が強制連行により「性奴隷(Sex Slave)」とされたという論理は、当時慰安婦制度が誘拐、監禁、強姦その他として刑法違反で訴追されたという事実もなく、募集から就業までの慰安婦の実態が奴隷といえるものではなかったことも明らかであり、到底成り立たつものではないと言わざるをえないでしょう。

 

    結局、合法的とはいえ今日の人権感覚からすれば慰安婦制度は悪であり、ただ、より大きな悪(強姦)を回避するための戦場と占領地における必要悪であったということになるのでしょうか。言うまでもなく売春防止法のある今日の日本で、将来予想される戦争において慰安婦制度を再度設置することは考えられません。かつての「陸軍刑法」におけるような管轄権に関する規定を新設し、刑法を能うる限り厳格に施行することになるのでしょう。


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ドイツの戦争責任と和解への道―メルケル首相の来日に思う [日本の未来戦略]

 ドイツのメルケル首相が39日に7年ぶりに来日しました。「日独、連携立て直し; 対ロシア  思惑一致 ; 対中国 日本に注文」がこれを報ずる新聞の見出しです(日経新聞2015310日付)。これらのうち「対中国 日本に注文」では、同首相が、ドイツはフランスなど近隣諸国との関係修復を少しずつ果たした、戦時中の東欧の強制労働者らへの個人賠償にも取り組んだ、「(ドイツは)過去と向き合ったから和解できた。(各国が)幸運にも受け入れてくれた」と安倍首相との共同会見で述べたと報じています。

 

この点、Japan Timesは「(メルケル首相が)ドイツの経験に照らして、戦争の過去と真正面から向き合う必要性を日本に思い出させた、しかしまた(but also)  近隣諸国においても和解(reconciliation)を達成するための役割が果たされるべきである(must do their part)とも言及した(signaled)」と報じています(Japan Times 2015310日付)。

 

メルケル首相の「(各国が)幸運にも受け入れてくれた」という安倍首相との共同会見での発言、また「和解は隣国の寛容な振る舞いがあったから可能になった」という39日の都内での講演での発言について、「メルケル発言、韓国で波紋」という記事で、韓国外務省報道官が「寛容」発言について「まずは過去に対する真の反省がなされなければならない」と強調したと報じられています(日経新聞311日付)。

 

メルケル首相の発言内容については、すでにのべたようにJapan Timesの記事が「(各国が)...受け入れてくれた」「隣国の寛容な振る舞いがあったから可能となった」という記事より一歩踏み込んだ発言があったことを伝えており、国際社会にはこのJapan Timesの英文記事のように伝えられたと思われます。このJapan Timesの伝える同首相の発言からは、過去の「反省」が「寛容」の前にあるべきであるといったニュアンスは特段には感じられず、和解には双方からの同時的歩み寄りが重要である、そしてドイツはそのようにして近隣諸国と和解に至ったと述べることがメルケル首相の今回発言の「真意」であったと解されるように思えます。

 

ところで、メルケル首相の発言内容を知ると、ドイツにおける戦争責任と和解がどう実現されたのかに興味がわきます。日本の東京裁判に相当するドイツでの戦争責任を訴追した軍事法廷はニュールンベルク裁判として知られますが、ドイツにおける戦犯裁判は、英米ソ仏四国等の連合各国の単独裁判とニュールンベルクに設置された国際軍事裁判所における裁判との、日本に関する裁判(東京裁判)と同様の二本立てでした。国際軍事裁判所における裁判は同裁判所条例6条で規定する戦争犯罪の次の三類型について行われました。(1)「平和に対する罪」 これは、個人及び政府、政党等の団体による諸「侵略戦争の共同謀議」、準備、発起を違法とするものです。(2)「戦争法規違反の罪」 これは、交戦法規および慣習の侵犯を違法とするものです。(3)「人道に対する罪」 これは、一般人民に対する絶滅を目的とする大量殺戮、奴隷化を違法とするものです。この(3)の罪は、ドイツ国粋社会労働党(ナチス)のユダヤ人、非ナチ分子に対する迫害、その追放に関する政策と実行行為を対象とするものです。

 

ドイツ戦犯起訴状で起訴された被告は22名で、全被告について上記三範疇の訴因全部につき競合的に全員に責任ありとして死刑を求刑されました。八か月にわたる裁判の結果は、絞首刑とされた者12名、終身禁固刑3名、禁固刑202名、禁固刑151名、禁固刑101名、無罪3名でした。

 

ドイツが上記三範疇の訴因につき特に連合国から訴追されたのは「人道に対する罪」でした。これはひとえに強制収容所におけるユダヤ人絶滅行為に対するもので、ドイツは戦後イスラエルに対して謝罪と賠償を長年に亘り行いました。これと並行してポーランド人絶滅行為についても、ポーランドとの和解に尽力しました。さらにフランスとは、欧州石炭鉄鋼共同体結成によりドイツの石炭・鉄鋼業をベネルックス3国、フランスなどのそれら産業と統合させる形とEEC(欧州経済共同体)を結成することで和解にこぎつけました。

 

この「人道に対する罪」の訴追が中心となったドイツ(「平和に対する罪」も政府および政党等の団体によるユダヤ人絶滅計画を重要な内容とする「侵略戦争の共同謀議」を対象とするものでした。)と「平和に対する罪」(満州事変以来の軍事行動そのものを「侵略戦争の共同謀議」として訴追の対象とするものでした。)が中心となった日本では「戦犯裁判」といっても重心の違いがあることはつとに指摘されているところです(「戦争法規違反の罪」は共通)。日本にはユダヤ人絶滅行為のようなホロコーストはなかっただけではなく、「命のビザ」で知られる杉原千畝領事によるユダヤ人救出活動があったからです。

 

また日本とドイツの間には、たとえば「メルケル首相発言 単純な比較は慎むべきだ」(産経新聞2015312日社説)が述べるように、相当の手法の違いがありました。日本では、戦後補償問題については、例えば「日韓請求権・経済協力協定」(昭和40年)にみられるように、各国との間で法的に、そしてそれに伴って経済的にも最終解決をはかりました。また慰安婦問題でも「アジア女性基金」による元慰安婦への償い金支払と歴代首相による元慰安婦の境遇への「深い同情の表明」で区切りをつけてきました。

 

★New追記

上で述べましたとおりメルケル首相は、フランス等との歴史的和解についての自らの「経験」と、そこから導き出された双方向の和解のプロセスが成功の鍵であるという「理論的一般論」を語っています。そこからさらに進んで日本の固有の問題にこの一般論を「あてはめる」ことは慎重に避けているようにみえます。

 

ところで、メルケル首相は今回の二日間の日本滞在中に民主党の岡田克也代表との会談にも臨んでおり(310日)、その会談について岡田代表が「(メルケル首相が)日韓関係について和解が重要だと述べた」と紹介したことについて、ドイツ政府が「日本政府がどうすべきかについて発言した事実はない」と日本政府に連絡をしてきたとのことです。そのような説明がドイツ政府からあったことを菅義偉官房長官が313日の記者会見で明らかにしました(産経新聞2015314日付)。一方、岡田代表は313日に記者団に対して「解決したほうがいいという話はあった」と重ねて語り、ドイツ政府と岡田代表の間の発言に食い違いが生じています(同上記事)。

 

日韓の間には現在「(戦時の)慰安婦」について見解が全く異なる問題があり両国間の歴史戦、外交戦となっています。そのような中で、ドイツの出版社クレットが出版した中等教育用の歴史教科書に「日本の占領地域で20万人の婦女子が軍の売春施設で売春を強いられた」とする記述があることが分かったと日本外務省が明らかにしたと報道されています(産経新聞2015314日付)。

 

「(戦時の)慰安婦」については米カリフォルニア州グレンデール市の慰安婦像を巡る訴訟なども起こされており、日米間でも敏感な問題となりつつあります。法治国家のお手本のようなアメリカで、争いのある他国間の基本的人権に係る歴史問題について、当事者の一方の話を聞くだけでCross Examinationも経ていない証拠に基づいて事実の有無の判断をしているような印象(あたかもDue Processが保障されていないかのような印象)が日本で広まりつつあるからです。明治維新で開国し、西欧諸国の司法制度を懸命に導入した日本は、明治時代のロシア皇太子襲撃事件で大審院が司法権の独立を見事に果たし、その後の努力もあって法の支配と司法権の独立は今日日本国民の最大の誇りです。そのような日本からみるとアメリカの法の支配と司法権の独立(法治国家)はどうなっているのだろうと、疑問を抱かすにはいられないからです。

 

まして今度は日本が法制度導入のモデルとしたドイツにおいても、アメリカに対するのと同様な疑問が生じる可能性があります。

 

以上のような全体状況の中で、老練な政治家で宰相の地位にすでに九年間あり、今後も続投する可能性の高いメルケル首相が、具体的に日韓関係について和解が重要だと述べるような明白な内政干渉行為に及ぶでしょうか。歴史の中ではドイツも三国干渉で遼東半島の清国返還を日本に迫るという内政干渉をしたことはありましたが、程度の差はあっても外交における最大の禁じ手の一つを今日のドイツの宰相が犯すとは正直思えません。それでは、普段内政干渉を受けることがいくら常態のようになっている日本にしても、ドイツよお前もかといった感じになってしまいます

 

岡田代表は、メルケル首相の「理論的一般論」の提示を受けて、日本の状況への「当てはめ」にまで話が及んでいると、明確な両概念の区別の自覚の必ずしもないままに、ご自身の主張に引き付けて理解されたのではなかったのでしょうか。

 

 



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日韓関係の将来ー朴大統領の演説に思う [日本の未来、経済、社会、法律]


 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は2015年3月1日、ソウルで開かれた3・1独立運動記念式典で演説し、「日本が勇気を持って率直に歴史的真実を認め」るように望むと述べました(産経新聞2015年3月2日付)。昨年の演説では「過去の過ちを認められない指導者は新たな未来を開くことができない」と述べていました。

 韓国はかねてからこのように「歴史を忘れた民族に未来はない」などと述べて日本を批判してきましたが、日韓間には「竹島不法占拠問題」「従軍慰安婦強制連行問題」「教科書歪曲問題」という3点セットの歴史問題があり、韓国はこれらを同国が望むように解決することが「歴史的真実を認め」ることだと主張しているわけです。

 しかし、あらゆる歴史的史資料が韓国の主張とは反対の事実をしめしており、「歴史を忘れた民族に未来はない」のは韓国自身のことであると主張する日本にとって、日韓国交正常化50年の2015年を区切りとして「より成熟したパートナーとして韓日が新たな歴史を築いていくことを望」まれても対応するすべはありません。 

 とはいっても、隣国同士であり、経済関係を初めとして観光から学術交流まである両国の関係がこのままの冷たい、相互不信を募らせる関係であって良いとは言えないでしょう。

 

    それでは、どうすればよいでしょうか。名案はありませんが、さしあたり、欧米諸国においてよくみられる考え方、すなわち国家・政府と個人とを分けて考え、個人関係においては両国市民間の関係をできるだけ維持し、発展させるとともに、国家・政府間の関係については徹底した相互の主張を闘わせて国益を追求していくことが必要ではないでしょうか。まず、「従軍慰安婦強制連行問題」については歴史戦、外交戦、法律戦ということになりましょう。次に「教科書歪曲問題」ですが、これは歴史戦、思想戦で、いわゆる「植民地支配」の実態解明と評価もその中核的問題として検証が必要となりましょう。

 さらに「竹島不法占拠問題」については、これは実態としてはすでに日本領土に対する軍事侵攻が行われていると認識されるべきもので、北方領土問題と同レベルの問題としてとらえる必要がありましょう。この問題の行き着く先は、英国とアルゼンチン間のフォークランド島紛争のように軍事力の衝突により決着をつける事態となる可能性も十分ありますが、米国の干渉・仲介によりできる限り回避されなければならないでしょう。なぜならば、現状において日韓両国には同一陣営内で抗争をしている場合ではない共通の脅威が常在するからです。

 

   以上の諸問題に係る歴史戦、思想戦、外交戦、法律戦、武力戦には経済戦、科学技術戦も深く関わるでしょう。一方で手段を択ばない形で外国も巻き込みつつ激しくぶつかり合い、歴史戦等を闘いながら、他方ではモミ手で商売を行い、さらには技術ライセンス契約も結ぶといったことは日本国内ではありえないことで、そのようなことが国際関係においては可能であるとも考えられないからです。

 

 そもそも今、日本と韓国の間に存在するのは「国益の衝突」です。たとえば「従軍慰安婦強制連行問題」で韓国が求めているのは「法的謝罪」であり「経済的賠償」です。決して日本人の「勇気」や「率直さ」といった個人レベルの倫理・道徳感の発露・表明ではありません。歴史的「真実」もcross examinationを経て確定された証拠に基づく事実関係を前提とするものではなく、韓国がこれが「歴史的真実」だといったものを日本が「はい、そうです」と認めよというだけのもので、決して対等な国家間の関係を前提とするものではありません。したがって、「日本が勇気を持って率直に歴史的真実を認めるように望む」といった情に訴える言い回しは方便であり、交渉術の一つにすぎないと理解されるべきものでしょう。

 

     以上のような基本的理解に立ったうえで両国は、まず次の二点を行ったらどうでありましょうか。

 第一点は、1965年の日韓基本条約、請求権協定を両国において再度精読することです。ここに第二次大戦後の日韓関係の戦後の出発点が凝縮されています。同条約の目的、内容を確認したうえで、同条約の韓国経済と韓国社会のその後の発展に果たした役割の実証的検討を行うことです。

 第二点は、「竹島不法占拠問題」「従軍慰安婦強制連行問題」「教科書歪曲問題」という3点セットの歴史問題について、それぞれの主張の根拠となる史資料の提示と評価を、政治的主張とは切り離して、行うことです。

  これら二点は、おそらく行いえないでしょう。そうであれば、おそらく両国において唯一なしうることは、日韓関係を「法の支配」の原理のもとにおき、両国関係に係る国際条約・国際協定の解釈・運用により両国関係を今後律していくという未来志向の態度をとることで合意することでしょう。 日本も韓国も「法治国家(a state ruled by law)の理念を掲げた国であり、司法権の独立を誇りとしている国ですから、これは可能なのではないでしょうか。その場合 には、現状においても韓国は「従軍慰安婦強制連行問題」について「法的謝罪」を求めているわけですが、これを日韓基本条約、請求権協定上の紛争処理規定により日本政府に請求することが筋となります。これを日本政府の「勇気」や「率直さ」によって行わせようとするのは、それらによって条約の条文解釈を変えることは出来ないので、道義上ないし人権意識上からするお詫びなどは別として、筋違いということになります。

 

 最後に一言すれば、ビスマルクの言という「経験に学ぶものは愚かであり、歴史に学ぶものは賢い」という言葉は、日韓関係においても有効ではないかと思えます。

  

   三十年戦争を終結させたウエストファリア条約が今日の西欧諸国家関係を作り出したように、世代から世代に受け継がれる激しい国家総力戦の果てに日韓両国間に妥協の時が醸成され、和解の時が来るのではないでしょうか。韓国のよく言及するドイツについていえば、独仏間における1958年のEEC(欧州経済共同体)結成の時の両国関係はお互いに「そこにあるから、しょうがない」という諦観から出発するものでした。決して理想に燃えていたわけではありません。千年を超えて戦い続けた両国、特にフランスはドイツとの戦いに疲れ果てていたのです。パリからドイツに向かって放射状に伸びた道路はすべて一直線で、フランス軍が、ドイツ軍がパリに到達するよりも一刻でも早くライン川に到達するためのものでした。そして今でも、ライン川沿いのドイツの街にはフランスを向いた普仏戦争の戦勝記念碑が誇らしげに建っていますし、フランス側には空堀で戦車をくい止めようとする要塞群がその姿をとどめています。互いに用心は怠っていないということでしょうか。


 ともあれ自力で、韓国が豊かな経済社会を作り上げ、世界に冠たる法治国家を築き上げ、国際社会のリーダーとして西側諸国の尊敬を集める日の来るとき、日韓に和解の時は来るのではないでしょうか。その時の来るのが百年を超えるものでないことを、密かに願わざるを得ません。

追記 

2016年も「3・1独立運動」記念日が巡ってきました。朴大統領は、加害者と被害者の歴史的立場は千年の歴史が流れても変わらないと言って慰安婦問題で日本に一方的譲歩を求める従来の立場を横において、「歴史を直視する中で互いに手を握り、新時代を切り開くことを願う」と未来志向の日韓関係を強調しました(2016年3月2日付読売新聞社説「「反日」から協調重視に転換か」)。「歴史の直視」は変わりませんが、「互いに手を握り、新時代を切り開く」、すなわち元慰安婦を支援する財団の韓国による設立と日本のそれに対する10億円の拠出などを内容とする昨年暮れの「日韓合意」を着実に実行することを求める内容です。

日本政府はこの10億円の拠出という約束したことは誠実に実行することは当然ですが、そのことは日本大使館前等の慰安婦像の撤去や外国での「慰安婦プロパガンダ」の中止などを意味するものではないでしょう。もし韓国政府がこれらの点を含めて日本との間で本当に「新時代を切り開く」というのであれば、1965年の日韓基本条約の精神に立ち戻って、それを再確認するところから始めるものでなければならないことは自明です。国としての関係はこの条約によるものでしかないのですし、これまでの壊れた関係の修復には壊れるに至ったのと同じだけの時間が必要だからです。


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